身代わり地蔵
どんな伝承か
明治の中ごろ、矢向の良忠寺の近くに住む百姓孫兵衛は妻に先立たれ、息子の寅吉と二人で暮らしていた。不便さから後妻を迎えたが、意地の悪い女で寅吉を邪魔者扱いし、つらく当たった。孝行者の寅吉は父を心配させまいと耐えていたが、孫兵衛が野良仕事に出た留守、後妻は湯の煮えたぎる大釜に寅吉を突き落として殺し、亡骸を納屋に運んでむしろをかぶせておいた。ところが日暮れに帰った孫兵衛の後ろから、死んだはずの寅吉が歌いながら歩いてくる。後妻は気を失い、わけを聞いた孫兵衛が納屋を見ると、むしろの下にあったのは良忠寺の木彫りの地蔵だった。以来この地蔵は身代わり地蔵と呼ばれる。
原典より
五反田のおとめ地蔵(愛甲郡伊勢原町) 二一〇芦の湖の九頭竜明神(足柄下郡箱根町) 二二七禁忌の伝説 二三一トウモロコシを作らぬ谷戸(川崎市野川) 二三一—— 神奈川の伝説(谷川平夫(文)/読売新聞社横浜支局 編・1967年(昭和42年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
神奈川の伝説(谷川平夫(文)/読売新聞社横浜支局 編・1967年(昭和42年))
『神奈川の伝説』は、読売新聞社横浜支局が一九六七年に編んだ神奈川県内の伝説集である。読売新聞神奈川県民版に昭和四十年九月から四十二年八月まで八十回連載された「神奈川の伝説」のうち六十五回分を収め、文は谷川平夫記者が書き、伝説の地を訪ねて住職や古老に聞いた話と現在の様子を添える。樹木・石・塚・水・坂や島・屋敷址・社寺・禁忌・地名の部に話を分け、大藤時彦の序文と巻末の解説・索引を付ける。