唐ヶ原
どんな伝承か
奈良時代、大陸から渡ってきた高麗人の一団が王仁という人に率いられ、花水川の河口一帯に住みついた。この辺りは唐ヶ原(もろこしがはら)と呼ばれた。移り住んだ中に、祖国に妻子を残し、娘いちおいやみこだけを連れて海を渡った男がいた。父は朝から晩まで畑で働き、娘は家事をこなしていたが、遠く離れた母や弟たちが日ごとに恋しくなり、父に心配をかけまいと胸にしまってふさぎ込むようになった。ある夏の日、父に見送られて近くの川辺へ散歩に出た娘は望郷の念に耐えかねて身を投げた。胸騒ぎがして駆けつけた父が岸辺に見たのは、風に揺れる一輪のナデシコだけだった。その花はやがて唐ヶ原一面に咲き広がったという。
原典より
解説・索引 巻末常倫寺の大銀杏 曹洞宗常倫寺(横浜市鶴見区駒岡町)にでかけたのは、車にゆられているとついねむくなるような、初春の暖かい日だった。—— 神奈川の伝説(谷川平夫(文)/読売新聞社横浜支局 編・1967年(昭和42年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
神奈川の伝説(谷川平夫(文)/読売新聞社横浜支局 編・1967年(昭和42年))
『神奈川の伝説』は、読売新聞社横浜支局が一九六七年に編んだ神奈川県内の伝説集である。読売新聞神奈川県民版に昭和四十年九月から四十二年八月まで八十回連載された「神奈川の伝説」のうち六十五回分を収め、文は谷川平夫記者が書き、伝説の地を訪ねて住職や古老に聞いた話と現在の様子を添える。樹木・石・塚・水・坂や島・屋敷址・社寺・禁忌・地名の部に話を分け、大藤時彦の序文と巻末の解説・索引を付ける。