虎が雨と化粧井戸
どんな伝承か
曽我兄弟が富士の狩り場で父の仇工藤祐経を討ち、自らも果てたのち、虎女は裾野の兄弟の墓に詣でて恋人を偲び嘆いた。大磯に戻った虎女は高麗山の富士の見える所に庵を結び、念仏に明け暮れて生涯を終えたといい、その地に里人が墓を建てて供養した。虎女の名の由来の虎池は延台寺の東、北浜海岸のそばにあったが明治から大正にかけて埋め立てられ、近くの旧東海道沿いには虎女が化粧水を汲んだという化粧井戸が残る。また兄弟が討ち入った旧暦五月二十八日には必ず雨が降り、虎女が十郎の死を悲しんで流す涙雨として虎が雨と呼ばれ、俳句の季語にもなっている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
神奈川の伝説(谷川平夫(文)/読売新聞社横浜支局 編・1967年(昭和42年))
『神奈川の伝説』は、読売新聞社横浜支局が一九六七年に編んだ神奈川県内の伝説集である。読売新聞神奈川県民版に昭和四十年九月から四十二年八月まで八十回連載された「神奈川の伝説」のうち六十五回分を収め、文は谷川平夫記者が書き、伝説の地を訪ねて住職や古老に聞いた話と現在の様子を添える。樹木・石・塚・水・坂や島・屋敷址・社寺・禁忌・地名の部に話を分け、大藤時彦の序文と巻末の解説・索引を付ける。