合祀のバチと噂された秋山の大水
どんな伝承か
釜山の秋山側には窪地があり、明治四十三年の大雨のとき、そこにたまった水が一気にあふれ出した。水は、ふだんは流れもない秋山集落のバンドゥ川という小沢を氾濫させ、大きな被害をもたらした。ちょうどその二年前の明治四十一年に、村の神々を集めて一つの社に合祀していたので、当時はそのバチが当たったのだと言われたという。もっとも、神々を合祀したのは秋山村に限らないので、この村が貧乏くじを引いたことになると著者は書き添えている。
原典より
これはちょうどこの二年前の明治四十一年に、村の神々を集めて合祀して一社にしてしまったので、そのバチが当ったなどと当時はいわれたものだ。—— 秩父・奥武蔵伝説たわむれ紀行(神山弘・1984年(昭和59年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
秩父・奥武蔵伝説たわむれ紀行(神山弘・1984年(昭和59年))
『秩父・奥武蔵伝説たわむれ紀行』は、神山弘が一九八四年に著した伝説探訪の紀行である。越辺川の流域や高麗郷、富士山のある村々、竹寺、武甲山と三峰山、宝登山、釜伏峠と粥新田峠など埼玉県西部の山村を歩き、土地の古老からの聞き書きと『新編武蔵風土記稿』などの記録を交えて、竜や大蛇、天狗、幽霊、将門などの伝説を語る。土地ごとの章に小見出しを立てた随筆体で、著者の前著『ものがたり奥武蔵』で扱わなかった土地を主にとりあげる。