討たれた主君の首と胴を合わせた胴合橋
どんな伝承か
川中島古戦場の七不思議の三つ目。胴合橋は八幡原の南五百メートルほどを流れる小川の橋である。永禄四年の決戦で、上杉軍一万三千が朝霧に紛れて武田軍の眼前に迫った。軍師山本勘助は敵を近づけた責任は自分にあると手勢と斬り込み、上杉方の姉崎和泉守の家臣に首を討たれた。郎党は主君のものらしい首を奪い返したが、血にまみれて見分けられず、この橋の上で胴と合わせてみると一つが合ったので勘助と分かったという。武田典厩信繁の首と胴が合わさった橋だとする伝えもある。
原典より
そこで、胴と首とをこの橋の上で合わせてみたところ、そのうちのひとつが合ったので勘助の首とわかり、近くの水沢の川端に葬ったという。—— 信州七不思議(降幡利治・1984年(昭和59年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
信州七不思議(降幡利治・1984年(昭和59年))
『信州七不思議』は、降幡利治が昭和五十九年に著した信州各地の七不思議を集めた本である。諏訪大社上社と下社の御神渡りや筒粥に始まり、松原湖、生島足島神社、川中島古戦場、志賀高原、浄光寺、雲上寺、立石など県内各地に伝わる七不思議を、町村誌などの資料と聞き取りをもとに記す。各地の七つの事柄を箇条に掲げて関わる社寺や史跡の解説を添えるガイド風の構成で、序では越後の人が信州人の気質を評した七不思議を紹介する。