円照院発願の大正寺六地蔵
どんな伝承か
八幡東区東台良町の大正寺には六地蔵がまつられている(現在は一体を欠いて五体)。小倉藩主小笠原忠真の正室であった円照院の発願によって造られたものと伝わる。もともと円照院は寛永十年(一六三三)、小倉の馬借町に六体の地蔵尊をまつって地蔵軒という寺を開いており、これがこの寺の始まりである。地蔵軒はのちに円照院と名を改め、明治維新ののち古船場町の大隆寺に合併された。その大隆寺が大正五年に八幡へ移って大正寺と改称し、六地蔵も今の地に伝えられている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
北九州市史 民俗(北九州市・北九州市史)
『北九州市史 民俗』は、北九州市が編んだ市史の民俗編である。ここに収めるのはその第三編「信仰伝承」第一章「信仰」の第二節以降で、門司・小倉・若松・八幡・戸畑の各区に伝わる聖地と忌地、神仏信仰、神事と法会、巡礼、巫者・祈禱師、信仰集団、狐憑きや犬神などの憑霊・霊異現象を記す。節ごとに地区と地名を挙げて事例を並べる編み方で、祟る石や産女石、落人の墓なども忌地の項に見える。