桶の水をかぶる彦山山伏の門付け
どんな伝承か
小倉の町へは正月になると彦山の山伏が下りてきて、一本歯の高下駄で辻々を巡り、法螺貝を鳴らして家ごとに祈禱をした。道原にも明治の末ごろまでは年に一度は姿を見せた。田野浦や大里本町では、山伏が来ると家々が水を張った桶を門口へ出し、山伏は呪文を唱えながらその水をかぶって身を清め、竈の前で荒神経をあげて頼まれた祈禱を行った。礼として米を五合から一升ほど、あるいは銭を包むと、護符や祈禱の札を置いていった。下香月へは十二月から一月にかけて訪れ、千々和義信の家を常宿にしていたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
北九州市史 民俗(北九州市・北九州市史)
『北九州市史 民俗』は、北九州市が編んだ市史の民俗編である。ここに収めるのはその第三編「信仰伝承」第一章「信仰」の第二節以降で、門司・小倉・若松・八幡・戸畑の各区に伝わる聖地と忌地、神仏信仰、神事と法会、巡礼、巫者・祈禱師、信仰集団、狐憑きや犬神などの憑霊・霊異現象を記す。節ごとに地区と地名を挙げて事例を並べる編み方で、祟る石や産女石、落人の墓なども忌地の項に見える。