お手掛の桜
どんな伝承か
東金へ鷹狩に向かう途中の徳川家康が金光院に立ち寄り、寺の門前の桜を殊のほか賞讃したので神君お手掛の桜と呼ばれた。今は枯れた幹の一部と孫木が残り、家康ゆかりの日用品も伝わる。
原典より
家康が鷹狩りのため東金におもむく途中、金光院に立寄り住職から法話をき、時には御茶屋御殿宿泊と称してひそかにここに泊ったこともあったといい、いまも家康ゆかりの日用品が伝えられている。—— 千葉市の伝説(平野馨) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
千葉市の伝説(平野馨)
『千葉市の伝説』は、平野馨が千葉市内に伝わる伝説をまとめた文章である。日本武尊と弟橘媛、行基、千葉氏の祖と天女、源頼朝、徳川家康・家光にまつわる話を中心に、神社仏閣・塚・泉・池・橋・地名の由来や、千葉笑い・雨降かっこなどの行事の起こりを集める。五十余りの短い項を古代から近世へおおむね時代の順に並べ、見出しに町名を添え、ところどころに別伝や発掘調査の結果を書き添える。