一夜で造られた御成街道と提灯塚
どんな伝承か
御成街道は船橋から東金へ通じる約三十七キロの道である。徳川家康が東金あたりで鷹狩りをしたいと思い立ち、佐倉藩主土井利勝に急いで造らせた。工期は慶長十八年十二月中旬から翌年一月七日までで、沿道九十ほどの村の領民を総動員し、夜は提灯を掲げて工事を進めたので一夜街道とも呼ばれた。御成公園にある提灯塚はその名残だという。塚の南には家康が泊まった御茶屋御殿の跡がある。街道は船橋御殿・千葉の御茶屋御殿・東金御殿を結び、将軍が実際に通ったのは家康・秀忠・家光の三代、延べ十一回だと伝える。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第5巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第5巻』は、叢書「日本伝説大系」の一巻をなす伝説資料集である。埼玉・千葉・東京・神奈川・山梨の伝説を扱い、二つの太陽、蹴裂明神、ダイダラボッチ、平将門、源頼朝、豪徳寺の招き猫、黒塚、山の背競べ、親捨てなどの話ごとに、口承を重んじて選んだ例話を掲げる。各項は例話に〔類話〕〔文献〕〔参考〕を添え、類話は伝承地ごとに梗概で示し、文献は近世以後の史料を原文で抄出し、柳田・高木の分類による話型名を併記する。