嵯峨明神の神馬が化した馬鬼
どんな伝承か
直入郡久住町都野の嵯峨明神では、毎年十月に神保会が営まれ、大友家から献じられた神馬は祭りの翌日に黒嶽のふもとへ放たれていた。ある年その神馬が姿を消すと、以後は放った馬が次々にいなくなり、黒嶽や阿蘇野を通る人も行方知れずになった。神馬が馬鬼と化して馬や人を食うのだと噂され、大友義鑑は家来の大久保蔵人と城香因幡守を差し向けた。二人は今水越の火草場で謡を吟じて怪物を誘い出し、弓と大長刀で仕留めた。馬鬼は並の馬二頭分もあり、二本の角を生やしていた。その後、両家の子孫が減ったため塔の原に社を建てて祀り、水の湧いたその地を今水、盾にした岩を立石と呼ぶようになったという。
原典より
夜が明けて、その死体を見ると、普通の馬を二匹合わせたほどの大きさで、目はリン光のような光を放ち、口は耳までさけ、たてがみの長さは二メートル近くもあり、頭上に二本のツノをもつた怪馬であつた。—— 大分県の民話 第1集(土屋北彦・大分県の民話シリーズ) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
大分県の民話 第1集(土屋北彦・大分県の民話シリーズ)
『大分県の民話 第1集』は、大分県に伝わる伝説と昔話四十四話を収めた民話集である。杵築・国東・玖珠・久住・日田・大分などの土地にまつわる城主の姫の悲話、地蔵や御名号の霊験、大蛇やカッパのたたり、馬鬼退治、大友・島津の合戦の話に、亀の報恩、瓜姫、山うば、猿と蟹などの昔話を交え、方言の語りのままの話も含む。最後に、八百屋お七の恋人吉三郎が杵築の旅籠の主の勧めで八坂村白水に正寛寺を建てた由来を置く。