求婚の争いを悲しんだ母娘の市子塚
どんな伝承か
蕨の下蕨の集落を通る古道には、初期の中山道の一里塚と伝わる塚があり、その近くに市子塚という塚があった。江戸時代のある雪の日、一里塚のそばで巡礼の女が苦しんで倒れ、幼い娘が懸命に介抱していた。通りかかった村人が家に連れ帰って手当てをすると女は元気になり、それが縁で村に住みついた。女は武家の出で、わけあって西国巡礼に出たのだといい、口寄せで暮らしを立て、読み書きや裁縫でも重宝された。やがて娘が美しく育つと縁談が殺到し、若者たちが争って村の平穏が破れた。娘は自分さえいなければと入水し、母も求婚者たちに娘の思いを告げたのち懐剣で自害した。村人は母娘を哀れみ、倒れていた場所に塚を築いて葬ったという。
原典より
村人は母娘を懐んで、一里塚の近く、かつて倒れ苦しんでいたところに塚を作り、厚く葬ったのである。—— 埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成)
『埼玉県伝説集成——分類と解説 中』は、韮塚一三郎が編んだ埼玉県の伝説集の中巻で、上中下三巻のうち歴史伝説を収める。地名・屋敷・家系・聖地・城や堤や橋・神仏・神体と宝物・偉業・事件と紛争の九章に分け、県内各地の伝説を『新篇武蔵風土記稿』などの文献と土地の人からの聞き取りによって集めている。一話ごとに所在地と出典または資料提供者を記し、同じ類型の話をまとめた後に柳田国男らの説を引く〈解説〉を置く。