二つの太陽の一つを射落とした武人
どんな伝承か
入間の地名を『新編武蔵風土記稿』は「射魔」ではないかとし、魔物を射たことに由来すると記す。昔、空に太陽が二つ出て昼夜照り続け、人々は日照りに苦しんだ。天子は一つは魔物の仕業と考え、名のある武人を遣わした。一説に橘諸兄の次男諸方という。武人が賜った弓矢で怪しい方の太陽を射ると、光を失って三本足の白い鳥となり岡に落ちた。射た所を目討、祀った所を日祭、落ちた岡を天倒山、血が流れた川をしるたれ川と呼んだという。魔物を祀る社は毛呂山町の出雲伊波比神社で、天倒山は狭山市入間川の天道山、矢の落ちた所は飯能の矢颪だといわれる。
原典より
矢はあやまためず、太陽の真ん中を射ると、たちまちにしてその光を失い、黒雲とともに三本の足の白鳥と化して、小高い岡の上に落ちて来た。—— 埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成)
『埼玉県伝説集成——分類と解説 中』は、韮塚一三郎が編んだ埼玉県の伝説集の中巻で、上中下三巻のうち歴史伝説を収める。地名・屋敷・家系・聖地・城や堤や橋・神仏・神体と宝物・偉業・事件と紛争の九章に分け、県内各地の伝説を『新篇武蔵風土記稿』などの文献と土地の人からの聞き取りによって集めている。一話ごとに所在地と出典または資料提供者を記し、同じ類型の話をまとめた後に柳田国男らの説を引く〈解説〉を置く。