旗を立てた跡と伝わる旗をり塚
どんな伝承か
吉見町久保田の村の南に、旗をり塚と呼ばれる塚がある。『新編武蔵風土記稿』によると幅は五間四方ほどで、土地の人は大串陣のときに旗を立てた場所だと語り、旗をりとは旗居りの意味だろうという。『武蔵国郡村誌』もまた、水谷兵衛大輔正村が大串某を討ったときに旗を立てた所だと伝えている。
原典より
『新記』に「村の南にあり。はば五間四方、土人曰大串陣の時、旗を建し所にて、旗をりの唱は、旗居りなるべしと、これ旗を建しと云より起りしなるべし」とある。—— 埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成)
『埼玉県伝説集成——分類と解説 中』は、韮塚一三郎が編んだ埼玉県の伝説集の中巻で、上中下三巻のうち歴史伝説を収める。地名・屋敷・家系・聖地・城や堤や橋・神仏・神体と宝物・偉業・事件と紛争の九章に分け、県内各地の伝説を『新篇武蔵風土記稿』などの文献と土地の人からの聞き取りによって集めている。一話ごとに所在地と出典または資料提供者を記し、同じ類型の話をまとめた後に柳田国男らの説を引く〈解説〉を置く。