前田勢が旗を立てた岩殿の塚
どんな伝承か
東松山市岩殿の旗塚は、岩殿観音堂から東西へ一町あまりの所に小高い塚が数十基並んだもので、『新編武蔵風土記稿』は戦のときに旗を立てた塚なのでこの名があると記している。土地では、天正十八年(一五九〇)に松山城が攻められた際、前田利家の軍勢が正法寺に陣を置き、ここに旗を掲げたのだと伝えている。
原典より
右について、土地では、天正十八年(一五九〇)の松山城攻略の時、前田利家方が陣営を正法寺に置いて、ここに旗幟を立てた所であると伝えている。—— 埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成)
『埼玉県伝説集成——分類と解説 中』は、韮塚一三郎が編んだ埼玉県の伝説集の中巻で、上中下三巻のうち歴史伝説を収める。地名・屋敷・家系・聖地・城や堤や橋・神仏・神体と宝物・偉業・事件と紛争の九章に分け、県内各地の伝説を『新篇武蔵風土記稿』などの文献と土地の人からの聞き取りによって集めている。一話ごとに所在地と出典または資料提供者を記し、同じ類型の話をまとめた後に柳田国男らの説を引く〈解説〉を置く。