鉢形城の連絡犬を葬った犬塚
どんな伝承か
長瀞町野上下郷の杉郷、石上社の近くに犬塚がある。北条氏が鉢形城を拠点に秩父を治めていた頃、本城と秩父の支城との連絡を担った犬の塚と伝える。犬は攻防戦でも尾を振って出撃を知らせ、吠えて攻撃を止めるなど働いたが、落城後は主を失って支城を巡り続け、飢えて杉郷の諏訪川の水を飲もうとして落ち、溺れ死んだ。四頭の犬にちなみ、川は今も四犬淵と呼ばれる。哀れんだ大沢藤五が自分の墓地に葬ったのが犬塚で、犬神様とも呼ぶ。天明元年に秋の念仏供養を怠ると、塚の傍らの柿の木から犬の白い毛が家々に吹き込んだので、以後は供養を欠かさないという。
原典より
犬の名はツーツク、ツマプク、ユウヅマ、フクヅマの四頭で、今もこの川を四犬淵という。—— 埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成)
『埼玉県伝説集成——分類と解説 中』は、韮塚一三郎が編んだ埼玉県の伝説集の中巻で、上中下三巻のうち歴史伝説を収める。地名・屋敷・家系・聖地・城や堤や橋・神仏・神体と宝物・偉業・事件と紛争の九章に分け、県内各地の伝説を『新篇武蔵風土記稿』などの文献と土地の人からの聞き取りによって集めている。一話ごとに所在地と出典または資料提供者を記し、同じ類型の話をまとめた後に柳田国男らの説を引く〈解説〉を置く。