釜と呼ばれた久那の氷ノ雨塚
どんな伝承か
秩父市久那には、氷ノ雨と呼ばれる塚が三つあったと『秩父志』『新編武蔵風土記稿』が記す。荒川の北岸、字釜林にあり、一つは高さ一丈あまり、周り六十間ほどで、南に幅三尺ほどの口が開く。這って入ると中は高さ五尺、奥行き二間半ほどの空間があり、土地の人はこれを釜と呼んだ。そこから北へ五、六間離れてもう一つ、さらに二間ほど北にもう一つの塚があり、いずれも上に松や雑木が生えている。二つ目は元は最初の塚と同じ高さだったが、いつの間にか低くなったという。『秩父志』は、朽ちた品が出ることから上代の墓であろうと述べている。
原典より
幅は三尺程で、竪は低く、匍ってはいれば、その中の高さは五尺、長さは二間半余。—— 埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成)
『埼玉県伝説集成——分類と解説 中』は、韮塚一三郎が編んだ埼玉県の伝説集の中巻で、上中下三巻のうち歴史伝説を収める。地名・屋敷・家系・聖地・城や堤や橋・神仏・神体と宝物・偉業・事件と紛争の九章に分け、県内各地の伝説を『新篇武蔵風土記稿』などの文献と土地の人からの聞き取りによって集めている。一話ごとに所在地と出典または資料提供者を記し、同じ類型の話をまとめた後に柳田国男らの説を引く〈解説〉を置く。