赤山街道に化けて出た東明院の地蔵
どんな伝承か
昔、与野の霧敷川に架かる榎橋、別名赤山橋のあたりに、夜になると編笠をかぶり大きな棒をついた男が出るという噂が立ち、赤山街道は日暮れとともに人通りが絶えた。町の屈強な若者が正体を確かめようと榎橋へ出向くと、編笠の黒い影が現れたので後をつけた。影は東明院の門をくぐり、地蔵堂の中へ消えた。話を聞いた和尚は、この地蔵はもとは赤山街道の表通りに立っていたので元の場所へ戻りたいのだろうと考え、街道に面して建て直した。それからは化け物が出なくなったといい、その地蔵は今も街道沿いの相川家の前に立っているという。
原典より
勇気を出してそのあとをつけてゆくと、その影は東明院の門をはいって、地蔵堂にその姿を消した。—— 埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成)
『埼玉県伝説集成——分類と解説 中』は、韮塚一三郎が編んだ埼玉県の伝説集の中巻で、上中下三巻のうち歴史伝説を収める。地名・屋敷・家系・聖地・城や堤や橋・神仏・神体と宝物・偉業・事件と紛争の九章に分け、県内各地の伝説を『新篇武蔵風土記稿』などの文献と土地の人からの聞き取りによって集めている。一話ごとに所在地と出典または資料提供者を記し、同じ類型の話をまとめた後に柳田国男らの説を引く〈解説〉を置く。