赤子が水と化した水子観音
どんな伝承か
水子の大原の百姓勘右衛門の家には、弘法大師作と伝わる観音の画像が祀られ、文化文政のころには縁日に市が立つほど賑わった。十方庵の『遊歴雑記』によれば、天正六年、仏心のない勘右衛門の家に若い旅僧が一夜の宿を求め、勘右衛門は珍しく泊めて十六、七の娘に給仕させた。のちに娘は覚えのないまま身ごもり、男の子を産んだ。再び現れた僧を夫婦がののしると、僧は赤子を手のひらに載せて息を吹きかけ、赤子は消えて水だけが残った。僧はその水で観音を描き、悪心を改めよと説いて消えた。勘右衛門は心を入れ替えて画像を崇め、村名の水子もこれに由来するという。
原典より
すると、不思議にも、一瞬にして赤子の姿はどこへともなく消え失せて、手のひらにはただ水だけが残っていた。—— 埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成)
『埼玉県伝説集成——分類と解説 中』は、韮塚一三郎が編んだ埼玉県の伝説集の中巻で、上中下三巻のうち歴史伝説を収める。地名・屋敷・家系・聖地・城や堤や橋・神仏・神体と宝物・偉業・事件と紛争の九章に分け、県内各地の伝説を『新篇武蔵風土記稿』などの文献と土地の人からの聞き取りによって集めている。一話ごとに所在地と出典または資料提供者を記し、同じ類型の話をまとめた後に柳田国男らの説を引く〈解説〉を置く。