鈴木三郎重家の笈
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どんな伝承か
源義経の奥州下向の跡を慕って来た鈴木三郎重家が、笈を円珠寺に残して去ったと伝え、その笈が寺に伝わる。寺の裏の鈴留川は、大水で重家が渡れなかったことから名づけられたという。一説には重家は当所で病死したため笈が寺のものになったともいう。
原典より
文治二年(一一八六)、源義経の奥州下向の時、鈴木三郎がその跡を慕って来、笈を当寺に残して去ったという。—— 埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成・昭和40年代刊(中巻・歴史伝説)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成・昭和40年代刊(中巻・歴史伝説))
韮塚一三郎『埼玉県伝説集成——分類と解説 中』(歴史伝説の巻)を全608話・伝説(土地別の異伝)単位で収録(<解説>・[参考]・和歌・注は本文に内包)。埼玉県下の歴史伝説(塚・城址・古戦場・武将〈新田義貞・畠山重忠・太田道灌ら〉・史跡・寺社縁起等)を、所在地(市町村・字・社寺)と出典(新編武蔵風土記稿・各市町村史等)を付して体系的に集成した中巻。
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