稲嶺の祝女・寒水井の伝説
どんな伝承か
大里間切の宮城に近い稲嶺の村では、毎年春の初めの稲穂祭の日に、ほかの村と違ってノロが神々の殿を巡拝しない。昔、隣の部落の湧稲国に美貌で名高い若いノロがいて、富盛城の主の伊茶謝按司が深く恋い慕い、手を尽くして近づこうとしたが受け入れられなかった。稲穂祭の前、ノロが寒水井で神衣を洗い丘の上に白く干しているのを按司が遠くから見つけ、好機とばかり刀を帯びて迫った。ノロは恐れて御嶽の奥に隠れ、祭の日にも里へ出ず巡拝をしなかった。それが毎年の例となり、湧稲国と稲嶺ではノロが巡拝をしなくなったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第1巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第1巻』は、柳田国男の著作を集めた著作集の一巻である。椰子の実の漂着から日本人の渡来と稲作を海の道に求める論考と、海神宮考・みろくの船・根の國の話・寶貝のこと・稻の産屋などの諸篇、大正期の南島旅行に基づく『海南小記』、昭和二十六年八月の自序をもつ『島の人生』を収める。いずれも海と島を舞台に、ニライカナイや宝貝、漂着や島の復興をめぐる民俗と歴史を論じている。