浮田中納言一家の流罪
どんな伝承か
八丈島の流人は、関ヶ原で敗れた将軍浮田中納言の一家眷属に始まると言い伝えられている。もっともそれは、それより前の流人について記録が残っていないというだけのことらしい。最初のうちはいずれも臨時の行政処分で、人数もごく僅かだったから、帳簿めいたものを必要としなかったのである。浮田の一類も、のちに二人の子息を残して他の十一人はことごとく死没した。正式の帳面に初めて筆が起こされたのは、寛永十一年の高木休菴父子と従者五人の遠島であった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第1巻(柳田国男・定本柳田国男集)
柳田国男編『定本柳田国男集 第1巻』を全451話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。