不受不施派守玄院の流罪
どんな伝承か
書き判を許された流人の中には医者と僧侶がいた。医者はごく少なかったが出家は多く、天和三年に但馬出石・奥州会津・羽州庄内の三僧が送られて以来、百八十人近くが帳面に名を留めている。修験僧や普化宗の薦僧も混じり、近ごろの僧の罪名はたいてい女犯であった。不受不施派の日蓮宗が流された例は、宝永六年八月の船で守玄院と弟子の元昌が来た一件だけである。島でその教義を守り通すのは容易でなかったはずだが、この僧は二十年あまりも露命をつないで果てた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第1巻(柳田国男・定本柳田国男集)
柳田国男編『定本柳田国男集 第1巻』を全451話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。