元禄大凶年の流人餓死
どんな伝承か
餓死と帳面に書き留められた流人も、昔は少なくなかった。百姓として初めて八丈島へ流された武州石神村の七郎右衛門と伝蔵は、十五年ほど島にいて元禄十四年の春に相次いで餓死している。八丈年代記によれば前の年は大凶年で、たびたびの大風に麦が荒らされ、救助の船も間に合わずに島の住民が大勢死んだ。流人がその難に巻き込まれて死んだのは、裏を返せば平素は島人に助けられていたということでもある。この冬から翌年にかけて、餓死した流人は十人を越えた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第1巻(柳田国男・定本柳田国男集)
柳田国男編『定本柳田国男集 第1巻』を全451話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。