テラノトンプに祀られた次郎太夫
どんな伝承か
青ヶ島の復興を導いた名主次郎太夫は、弘化と改元した天保十五年六月、七十四歳で表彰を受けた。その後さらに十年ほど島の繁栄を見届けて世を去り、死後は神として祀られている。祠は島のテラノトンプという頂にあり、吏長の二人を島の守護として勧請したと伝える。毎年の祭の日には島人が祠の前に集まって祝詞を唱えた。もっともそれは祝詞というより、八丈島の高橋長左衛門が青ヶ島の人々をもてなした折に作って歌わせた口説節で、新造船の出帆、八重根への到着、検地と年貢、島の豊作と繁昌をつづり、焼けず崩れず南の海にと寿ぐ文句であった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第1巻(柳田国男・定本柳田国男集)
柳田国男編『定本柳田国男集 第1巻』を全451話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。