将軍が星にたとえた青山の盆の高燈籠
どんな伝承か
江戸の青山あたりに住む御家人たちは、近世まで盆の月になると高燈籠を高く掲げていた。ある将軍が駒場で狩りをしての帰り道、晴れた夜空の星のように連なるその灯をながめてほめたたえた、という話が伝わっている。柳田は、この高燈籠もおそらく御一新の変わり目を境に、どこでも軒先に吊るす切子燈籠に替わり、さらに水色の岐阜提灯となって、夏のなかばにはしまわれてしまうようになったと見る。そのために盆の秋のあわれまでが、今では家ごとのものになってしまったという。
原典より
將軍某駒場の狩の歸るさに、其光の晴夜の星の如くなるを賞でたと云ふ話が遺つて居る。—— 定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第2巻』は、柳田国男の紀行と旅の随筆を収めた著作集の一巻である。昭和三年一月の自序に続く「雪国の春」や菅江真澄の日記を読み解く文をはじめ、東北の村々の正月、火と炭、浜の暮らしの見聞、「秋風帖」「東国古道記」、昭和十五年十一月の自序を持つ「豆の葉と太陽」などの紀行を並べる。峠や古道、佐渡・五箇山・熊野などの土地を、住む人の暮らしと信仰から見ようとする文が多い。