熊村の裏山で鳴った狸の半鐘
どんな伝承か
およそ狸は他の獣よりも、色々な声を真似るのが巧みである。熊村で新たに知った細君などは、つい半月ほど前に、四人の同志とともに後ろの山に登り、盛んに薪を縛っていると、急に役場の脇の半鐘がけたたましく鳴り出した。五人が五人ともまさにその音を聞いたのである。大変だとそこらの高みから里の方角を見ても、煙らしいものは見えない。事によると狸かもしれないとよく心を落ち着けて、ともかく戻ってくると、在所は極端に平穏な午後二時の茶漬時であった。狸が半鐘の真似も上手なことだけは争われない。
原典より
熊村で自分の新たに知った細君などは、つひ半月ほども前に、四人の同志と共に後の山に登り、盛に薪をしばつて居ると、急に役場の脇の半鐘がけたゝましく鳴り出した。—— 定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第2巻』は、柳田国男の紀行と旅の随筆を収めた著作集の一巻である。昭和三年一月の自序に続く「雪国の春」や菅江真澄の日記を読み解く文をはじめ、東北の村々の正月、火と炭、浜の暮らしの見聞、「秋風帖」「東国古道記」、昭和十五年十一月の自序を持つ「豆の葉と太陽」などの紀行を並べる。峠や古道、佐渡・五箇山・熊野などの土地を、住む人の暮らしと信仰から見ようとする文が多い。