四十八曲りを真っすぐ下る婆様たち
どんな伝承か
巣山から細川へ下る四十八曲りは、巣山の側からはほとんど平らな道である。荷馬車を通すためにSの字を押しつぶしたような七曲りほどに改修され、もとの道はところどころ壊れたが、それでも婆様たちまでが新道を通らず、昔ながらの百何十曲りかを真っすぐに、まるで姥が滝のようになって下っていくという。下りきれば細川の村で、山を背に流れを前にした昔風の屋敷がよく発達しているのが面白いと著者は書いている。
原典より
荷馬車を通すと言つて、之をSの字を押潰したやうな七曲り位に改修して、元の通路は處々毀れたが、それでも婆様までが新道は通らず、前の前の百何十曲りかを真直に、姥が瀧と爲つて下って行く。—— 定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第2巻』は、柳田国男の紀行と旅の随筆を収めた著作集の一巻である。昭和三年一月の自序に続く「雪国の春」や菅江真澄の日記を読み解く文をはじめ、東北の村々の正月、火と炭、浜の暮らしの見聞、「秋風帖」「東国古道記」、昭和十五年十一月の自序を持つ「豆の葉と太陽」などの紀行を並べる。峠や古道、佐渡・五箇山・熊野などの土地を、住む人の暮らしと信仰から見ようとする文が多い。