二十五年脱がなかった頭巾
どんな伝承か
真澄は年老いて十余年の津軽の旅を切り上げ、再び秋田領に入った頃には、昼も夜も頭巾を離したことがなく、常被りという綽名を付けられたという。この頭巾のまま所々の花紅葉を訪ね、清水を尋ね、美しい画を描き紀行を残した。男鹿の半島だけでも六種の日記がある。やがて雪月花の出羽路と題する数十巻の地誌を半ばにしたまま、ある村の神官の家で第二の帰らぬ旅に赴いた。死んだ後、事を好む若者たちが、あまりに不思議な二十五年間の頭巾を取ってみて真相を知ろうとしたが、老人がこれを制止して果たさなかったという。恐らくは大きな刀疵でもあったのだろうと言う人もあるが、それはただありそうな推測にとどまっている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第2巻』は、柳田国男の紀行と旅の随筆を収めた著作集の一巻である。昭和三年一月の自序に続く「雪国の春」や菅江真澄の日記を読み解く文をはじめ、東北の村々の正月、火と炭、浜の暮らしの見聞、「秋風帖」「東国古道記」、昭和十五年十一月の自序を持つ「豆の葉と太陽」などの紀行を並べる。峠や古道、佐渡・五箇山・熊野などの土地を、住む人の暮らしと信仰から見ようとする文が多い。