屋根が家の八割を占める白川の切妻の家
どんな伝承か
白川村の里の家は皆草葺の切妻である。傾斜が急で、前から見れば家の高さの八割が屋根である。横から見れば四階になっていて、第三階で蚕を養う。屋敷を節約し、兼ねて風雪の害を避けるために、こうした西洋風の建築となったのであろう。戸口を入れば牛がおり、横の垂蓆を掲げて上れば、炉があって主人が坐している。対岸の険しい山の樹間にちらちらと見える小屋は、炭焼かと思えば鉱脈を探る冒険者の宿舎で、大阪から異人も折々来るという。荻町、鳩谷で夕方になった。
原典より
傾斜急にして前より見れば家の高さの八○%は屋根なり。—— 定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第2巻』は、柳田国男の紀行と旅の随筆を収めた著作集の一巻である。昭和三年一月の自序に続く「雪国の春」や菅江真澄の日記を読み解く文をはじめ、東北の村々の正月、火と炭、浜の暮らしの見聞、「秋風帖」「東国古道記」、昭和十五年十一月の自序を持つ「豆の葉と太陽」などの紀行を並べる。峠や古道、佐渡・五箇山・熊野などの土地を、住む人の暮らしと信仰から見ようとする文が多い。