夷の祭の鬼太鼓と法螺貝を吹く御神楽
どんな伝承か
夷の町の祭は新暦六月の十五、十六日である。宿を決めると早速見物にかかった。馬に騎った鼻高童子の人形を車に載せて曳いて行き、信州と同様に舟の形をした飾り物もあって、これにも下に小さな車が附いている。同じ行列の鬼太鼓というものも見た。髪は能の猩々のように長く垂れ、面はなかなかの上作と思われた。撥の持ち方に特色があり、一方の手に二本とも持つことが折々あって、その姿はよほど蘭陵王の舞の絵に似ていた。夜に入り、笛の音をたよりに尋ねて行くと、吾妻楼という貸座敷の奥の間で御神楽がある。舞っている神子は神主の細君だという。舞の後で法螺貝を吹いたのは全く珍しい。
原典より
髪は能の猩々のやうに長く垂れ、面は仲々の上作と思はれた。—— 定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第2巻』は、柳田国男の紀行と旅の随筆を収めた著作集の一巻である。昭和三年一月の自序に続く「雪国の春」や菅江真澄の日記を読み解く文をはじめ、東北の村々の正月、火と炭、浜の暮らしの見聞、「秋風帖」「東国古道記」、昭和十五年十一月の自序を持つ「豆の葉と太陽」などの紀行を並べる。峠や古道、佐渡・五箇山・熊野などの土地を、住む人の暮らしと信仰から見ようとする文が多い。