入川で受け継がれる村相撲の関取名
どんな伝承か
柳田が一泊した外海府の入川の氏神は宝生神社で、祭神は木花開耶姫命である。祭礼の日には相撲があり、ほかの村でも同じように行われる。近くどこかの郷社の祭があるらしく、村相撲の広告が辻々に貼り出されていた。村には代々受け継ぐ関取の名乗りがあり、見込みのある若者にその名を継がせて村の代表とし、村どうしで勝負を競う。柳田は会津の新宮権現の相撲にも似た例があることを引き、村々の花相撲が衰えるとよい力士が見つけにくくなるのではないかと考えている。
原典より
村には代々の關取の通り名があつて、其名を有望な青年に相續させて居る。—— 定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第2巻』は、柳田国男の紀行と旅の随筆を収めた著作集の一巻である。昭和三年一月の自序に続く「雪国の春」や菅江真澄の日記を読み解く文をはじめ、東北の村々の正月、火と炭、浜の暮らしの見聞、「秋風帖」「東国古道記」、昭和十五年十一月の自序を持つ「豆の葉と太陽」などの紀行を並べる。峠や古道、佐渡・五箇山・熊野などの土地を、住む人の暮らしと信仰から見ようとする文が多い。