庚申堂の隅に積まれた女の髪
どんな伝承か
武蔵関の庚申堂で著者がもっとも心を打たれたのは、堂の中の光景であった。絵馬や千社札、武運長久を祈る巡拝の紙片、繭や松笠を糸に通して環にしたものなどはどこにでもあるが、堂の一隅に何やら真っ黒なかたまりが重なっている。じっと覗いてみると、それはすべて髪の毛だった。女の数にすれば十人より下ることはなく、長く切って垂らしたものが多い。誰が納めているのかは、誰に尋ねるまでもなく著者にはすぐ分かったという。戦時の若い女たちの思い詰めた願い事まで、この庚申は聴き届けようとしているのである。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第3巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第3巻』は、柳田国男の紀行・日記・随筆を集めた著作集の一巻である。相模・武蔵の村々を歩いた「水曜手帖」、昭和二十三年八月の自序を持つ「北国紀行」、明治四十三年の「五十年前の伊豆日記」、国際聯盟の委任統治委員会に勤めた大正十一年の「瑞西日記」と「ジュネーブの思ひ出 その他」を収める。後半の「菅江真澄」は昭和十七年二月の序を付け、真澄の著述と旅の跡を年を追ってたどり、写真解説を添える。