内郷村の各家墓地と金剛杖
どんな伝承か
この村には共同墓地というものがほとんど無く、山と畑の境や、時には人家に接近した所、あるいは屋敷の一隅にも各家の墓地がある。葬儀には寺の本堂は使わず、ほとんど全部の儀式を喪家の庭で執り行う。棺を送る人のうち特に近い関係の数名は、七八寸の竹の片端を削って紙片を挟んだものを襟に挿して墓地へ行き、帰りにこれを坂道の辻や家の門前などに一所に刺しておく。本来はトモグジというべきものだが、土地の人は金剛杖と呼んでいる。串を立てる時は墓地へ履いていった草履を脱ぎ、片方の鼻緒を切って捨てるという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第3巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第3巻』は、柳田国男の紀行・日記・随筆を集めた著作集の一巻である。相模・武蔵の村々を歩いた「水曜手帖」、昭和二十三年八月の自序を持つ「北国紀行」、明治四十三年の「五十年前の伊豆日記」、国際聯盟の委任統治委員会に勤めた大正十一年の「瑞西日記」と「ジュネーブの思ひ出 その他」を収める。後半の「菅江真澄」は昭和十七年二月の序を付け、真澄の著述と旅の跡を年を追ってたどり、写真解説を添える。