烏頭の宮に問うた蝦夷渡海の日
どんな伝承か
菅江真澄は津軽を北上し、徳才子や杉ノ沢の村々を過ぎて津軽坂を越え、油川・新城・岡町を経て青森に入った。そこで烏頭の宮に詣で、蝦夷渡海の日を卜したところ、三年を待てと示されたのである。翌日は出発したものの、途中で地道げの群衆に逢って引き返し、再び前夜の宿に泊まった。以後は尾上や柏木町を経て薬師堂に宿し、大鰐・蔵館から碇ヶ関へ、さらに矢立峠を越えて秋田領へ入っている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第3巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第3巻』は、柳田国男の紀行・日記・随筆を集めた著作集の一巻である。相模・武蔵の村々を歩いた「水曜手帖」、昭和二十三年八月の自序を持つ「北国紀行」、明治四十三年の「五十年前の伊豆日記」、国際聯盟の委任統治委員会に勤めた大正十一年の「瑞西日記」と「ジュネーブの思ひ出 その他」を収める。後半の「菅江真澄」は昭和十七年二月の序を付け、真澄の著述と旅の跡を年を追ってたどり、写真解説を添える。