吉良頼康が移し植えた豪徳寺の臥龍桜
どんな伝承か
招き猫の寺として知られる世田谷の豪徳寺は、世田谷城址のすぐ隣にあり、もとは世田谷の城主吉良政忠が伯母のために開いた弘徳庵に始まるという。新しく建った総門の碧雲閣を抜けた奥には、三世仏の木像を祀る二重屋根の仏殿があり、その前に臥龍桜と呼ばれる桜の老木が枝を伸ばしている。この桜は、北条氏綱の娘の崎姫を妻に迎えた吉良家八代の城主頼康が、堂宇を造営した翌年に、世田谷御所から移し植えたものと伝えられている。
原典より
この櫻樹は、北條氏綱の娘崎姫を妻とした吉良八代の城主左兵衛佐賴康が、堂宇造營の翌年に世田谷御所から此所へ移植したものであるとゆう。—— 行楽と史蹟の武蔵野(寺島裕・1937年(昭和12年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
行楽と史蹟の武蔵野(寺島裕・1937年(昭和12年))
『行楽と史蹟の武蔵野』は、寺島裕が昭和十二年に著し、新生堂から発行した武蔵野の史跡探訪記である。狭山丘や山口貯水池の周辺から、行田・粕壁・生田・淀橋・中野・柴又・多摩御陵などの社寺、城址、古戦場、塚を歩いて訪ね、交通の便とともに由緒や伝説を記す。小橋一太と新井堯爾の序文、著者の自序を巻頭に置き、前著「史蹟の武蔵野を探ねて」に続く行楽案内として土地ごとの短い節を連ねる。