龍神が修行して昇天した龍ヶ谷戸
どんな伝承か
大正天皇を葬った多摩陵のある地は龍ヶ谷戸と呼ばれ、陵の背後の山は龍ヶ嶺と呼ばれる。その名には次のような言い伝えがある。はるかな昔、海と川で二千年の修行を終えた龍神が、さらに千年を山で修行しようとして、その修練の場に選んだのがこの地だった。龍神はここで行をなし遂げ、満願の日に迎えに降りてきた黒雲に乗って、空高く昇っていったという。めでたいしるしとして語り継がれてきた伝説で、このあたりでは今も夏の夜になると、龍ヶ谷蛍と呼ばれる蛍が美しく飛び交うという。
原典より
この御陵の地を「龍ヶ谷戸」(リュウガヤト)と稱え、御陵墓の後山を「龍ヶ嶺」と稱ぶのは、太古の頃河海二千年の業を終えて更に一千年の山の修行を積もうとした龍神が、…—— 行楽と史蹟の武蔵野(寺島裕・1937年(昭和12年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
行楽と史蹟の武蔵野(寺島裕・1937年(昭和12年))
『行楽と史蹟の武蔵野』は、寺島裕が昭和十二年に著し、新生堂から発行した武蔵野の史跡探訪記である。狭山丘や山口貯水池の周辺から、行田・粕壁・生田・淀橋・中野・柴又・多摩御陵などの社寺、城址、古戦場、塚を歩いて訪ね、交通の便とともに由緒や伝説を記す。小橋一太と新井堯爾の序文、著者の自序を巻頭に置き、前著「史蹟の武蔵野を探ねて」に続く行楽案内として土地ごとの短い節を連ねる。