忍の鎮守諏訪神社と東照宮
どんな伝承か
忍城の本丸跡と熊谷街道を隔てた北側に、忍の鎮守である諏訪神社が城の土塁を背にして祀られている。祭神は大国主命の子の健御名方命で、太田道灌が関東で勢力をふるった頃の部下、成田下総守親泰入道宗蓮が忍城の守りとして勧請したもので、今の拝殿は寛文十二年の建立である。西隣の東照宮は、家康の孫松平忠明が元和三年に摂津に創建し、国替えのたびに移してきた社で、文政六年に子孫の忠堯が桑名から移ったとき本丸南方の下荒井へ遷し、維新後に今の場所へ再び遷した。無社格ながら社殿が諏訪神社より立派なのは、徳川氏の威勢の名残だという。
原典より
「諏訪神社」は、大國主命の御子の健御名方命(タケミナカタノミコト)を鎮祭したもので、太田道灌が關東に威を揮った頃の部下であつた成田下総守親泰入道宗蓮が、忍城の鎮護として勸請したもので、…—— 行楽と史蹟の武蔵野(寺島裕・1937年(昭和12年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
行楽と史蹟の武蔵野(寺島裕・1937年(昭和12年))
『行楽と史蹟の武蔵野』は、寺島裕が昭和十二年に著し、新生堂から発行した武蔵野の史跡探訪記である。狭山丘や山口貯水池の周辺から、行田・粕壁・生田・淀橋・中野・柴又・多摩御陵などの社寺、城址、古戦場、塚を歩いて訪ね、交通の便とともに由緒や伝説を記す。小橋一太と新井堯爾の序文、著者の自序を巻頭に置き、前著「史蹟の武蔵野を探ねて」に続く行楽案内として土地ごとの短い節を連ねる。