忍城発祥と児玉党
どんな伝承か
関東七名城の一つに数えられ、「忍の浮き城」として知られた忍城を持つ忍町の発祥については、確かな文献がない。ただ後鳥羽天皇の頃、すなわち源頼朝全盛の頃に、頼朝に従って活躍した武蔵七党の児玉党の一派がこの地に住んで児玉氏あるいは武蔵氏を称したというから、町もその中古の頃に生まれたものとみられる。児玉党の一派は足利時代まで引き続きこの地を支配し、扇谷上杉家の太田道灌の隆盛期に成田親泰がその庇護のもとでここを奪い取ったときの領主は、忍大丞または大掾重行といい、児玉党の一族だったと伝えられる。以後、忍城は成田氏の手に移って面目を一新し、城下町としての忍も大きく発達した。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
行楽と史蹟の武蔵野(寺島裕・昭和初期(1920年代~1930年代))