河童の手と熊谷宿の傷薬
どんな伝承か
江戸中期、熊谷宿で評判の薬屋の若後家が、夜ごと厠でざらついた手に尻をなでられた。三晩目、母の形見の懐剣を忍ばせて待ち、その黒い手首をつかんで斬り落とすと、血の跡は荒川の堤まで続いて水際で消えていた。その晩、片袖の垂れた老僧が店を訪ね、あの手を返してほしいと涙ながらに頼む。目の前で接いでみせるならと女房が応じると、僧は薬を塗って腕を元どおりにし、イカリセンという本草にナオン草の根を混ぜる製法を教えたうえ、自分は荒川の淵に棲む河童だと明かして丸窓から消えた。この薬はよく効き、店は大いに繁盛したという。
原典より
今まで申し上げずにおりましたが、拙僧は荒川の渕に棲む河童(かっぱ)でござる。—— 日本の妖怪伝説(小笠好恵・1966年(昭和41年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の妖怪伝説(小笠好恵・1966年(昭和41年))
『日本の妖怪伝説』は、小笠好恵が各地に伝わる奇談・怪談を読み物にまとめた伝説集で、序は昭和四十一年五月付である。浅茅が原の一つ家、四谷怪談、九尾の狐、安達が原の黒塚、道成寺、鍋島の化け猫など、岩手から熊本までの四十五話を、伝えられた形をなるべく崩さずに書き直し、おおむね東から西へ並べる。雨月物語や小泉八雲など書物に拠る話のほか近年の体験談も混じり、一部の話の末にはゆかりの寺社へ行く「順路」を付ける。