夜中に大八車で千住の市場へ通う
どんな伝承か
昔、親の代は大八車で千住の市場へ野菜を運んだ。松戸の橋が架かる前は矢切の渡し場を船で渡り、天秤で担いで市場まで歩いたので、大根ではなく空豆のような嵩ばらない物を運んだ。夜十二時に出ないと間に合わず、家中総出で手車を押し、松戸の橋の向こうまで女子供が後押しして、その先は父親が行った。市場では品物に自分の名と品名を書いた手板を挿しておき、売子がそれを見て競りにかける。競りは朝六時から七時半頃までで、帰ると昼になり、寝るのは三、四時間しかなかった。大八車を引いたのは昭和六、七年頃で、その後は牛車に変わったという。
原典より
昔は私の親がいた頃は大八車でね、千住が主ですよね。—— 市川の伝承民話 第1集(市川民話の会・市川の伝承民話・1980年(昭和55年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
市川の伝承民話 第1集(市川民話の会・市川の伝承民話・1980年(昭和55年))
『市川の伝承民話 第1集』は、市川民話の会が昭和五十五年に編んだ民話の資料集である。市川市教育委員会の事業として昭和五十四年度に千葉県市川市の国分・北国分・行徳・南行徳で行った採訪調査のうち、テープ起こしを終えた語りを、方言も残して話者の息継ぎのままに記録している。世間話・伝説・昔話・唄・生活譚の五部に分けて地区別に並べ、話末に話者・地区・記録者の名を添える。