⑤ 下肥運び
どんな伝承か
化学肥料のなかった頃、田の肥料には人糞を使った。東京から船で運ばれた下肥を市川根本のそばで受け、手児奈のあたりの浮島に浮かべておく。舟で竿を刺すと抜けなくなるほどだったという。真間から春木川を遡り、曽谷の国分高校のすぐ手前まで運んだ。蓑笠を着て三十貫入りの溜を担ぐと、家では大馬鹿飯の代わりに米の餅や飯が分けられ、酒や馳走も付いた。子どもも担いで田に撒いた。雨が降ると田には団子汁のような物が浮いて手に付いたという。
原典より
昔は化学肥料は使わねで、人糞で田んぼの肥料汲んだね。—— 市川の伝承民話 第2集(市川民話の会・市川の伝承民話・昭和56年頃刊) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
市川の伝承民話 第2集(市川民話の会・市川の伝承民話・昭和56年頃刊)
市川民話の会編『市川の伝承民話 第2集』を全200話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。