かぎりの山
どんな伝承か
夷隅郡大多喜町筒森。壬申の乱に敗れた弘文天皇とともに上総へ逃れた妃の十市姫は、身ごもっていたため、小櫃で天皇と別れ、さらに落ちのびて身の安全を図った。険しい山道をようやく筒森の近くまでたどりついたとき、十市姫は「わがために憂きこと見えば世の中の今は限りの山へ入りなむ」と詠んだという。そこでこの山をかぎりの山と呼ぶようになったと伝えている。十市姫は山の小屋で出産したが、身も心も極度に疲れていたため母子とも亡くなった。村人がこれをあわれんで祭ったのが筒森神社で、安産の神として信仰されている。
原典より
壬申の乱に敗れた弘文天皇とともに上総に逃れた妃の十市姫は身ごもっていたので、小櫃(君津市)で天皇と別れ、さらに落ちのびて身の安全を図った。—— 房総の伝説(平野馨) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
房総の伝説(平野馨)
平野馨編『房総の伝説』を全245話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。