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真田氏の開拓

所在地千葉県南房総市増間
年代関ヶ原の戦い後
登場真田源五ら豊臣家臣
出典房総の伝説

どんな伝承か

安房郡三芳村の増間という山里は、天下分け目の関ヶ原の戦いに敗れた豊臣氏の家臣で、真田源五という者の一行が、相模の三浦半島から海を渡って房州へやって来て、山奥のこの地に落ちのびたところだと伝えられる。徳川氏の目を逃れるため、長いあいだよその村と交際もせず、ひそかに暮らしてきたのだといい、そうした土地柄から、愚か村ばなしの代表といえる「増間ばなし」が成立したといわれている。なお増間から遠くない安房郡富浦町八束の丹生にも、同じく豊臣がたの残党という伝承があり、そこには「かぶと塚」があって、以前掘ったところ立派な香炉が出てきたと伝える。

原典より

安房郡三芳村の増間という山里は、天下分目の関が原の戦いに敗れた豊臣氏の家臣で真田源五という者の一行が、相模の三浦半島から海を渡って房州にやって来て、山奥の増間に落ちのびたという。—— 房総の伝説(平野馨) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

房総の伝説(平野馨)

平野馨編『房総の伝説』を全245話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。

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