曽我兄弟の墓
どんな伝承か
八日市場市山桑に曽我兄弟の墓がある。源義朝が平治の乱に敗れた際、その家臣鬼王七郎左衛門も東国へ落ち、いまの山桑に逃れた。七郎左衛門の二子鬼王丸・団三郎は父の遺命で伊豆の河津祐泰に仕え、祐泰の子十郎・五郎をそれぞれ守った。祐泰は安元二年、伊豆の狩場で工藤祐経に殺される。曽我兄弟は建久四年、富士の裾野の巻狩りで祐経を討って父の仇を報じたが、十郎は討たれ五郎も捕われて後に殺された。鬼王丸・団三郎は遺骨を携えて山桑に帰り葬ったといい、今も鬼王家の墓地に曽我兄弟の墓がある。
原典より
源義朝が平治の乱に敗れ、その家臣である鬼王七郎左衛門も東国に落ち、いまの八日市場市山桑に逃れる。—— 房総の伝説(平野馨) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
房総の伝説(平野馨)
平野馨編『房総の伝説』を全245話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。