八 幡随院長兵衛の死体が流れついた橋
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どんな伝承か
町奴の幡随院長兵衛が旗本奴の水野十郎左衛門に和睦の酒宴と偽って呼び出され、だまし討ちで殺された。こもに包まれ川に捨てられた死体が隆慶橋に流れついたと伝わる。
原典より
時代 江戸時代 慶安三年(一六五〇) 四月一三日町奴の幡随院長兵衛が率いていた浅草組と、旗本奴の白柄組の総領水野十郎左衛門とは、遊里や劇場を背景に、事あるごとに争ってきた。—— 新宿と伝説(新宿区教育委員会) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
新宿と伝説(新宿区教育委員会)
新宿区教育委員会編『新宿と伝説』を全62話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。
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