顔を焼いて志を通した了然尼
どんな伝承か
このあたりには、了然尼が文禄年間に開いたという泰雲寺があった。宮中に仕えていた女が縁あって嫁ぎ、三人の子をもうけたが、思うところがあって夫に告げ、髪を下ろそうと決めた。江戸へ下って白翁和尚に願い出たものの、和尚はその美しさを惜しんでどうしても許さなかった。女はついにみずから顔を火に入れたという。その決意の固さに和尚は感じ入り、剃髪させて教えを残らず授けた。女は了然尼と名乗り、黄檗の禅を修めて晩年にこの寺を建て、弟子や村人を教え導いた。白翁の没後はその亡骸をここに納め、開山に据えて自らは二世となったと伝わる。
原典より
場所 上落合一丁目二三二番地時代 江戸時代 天和(一六八一一八三)のころこのあたりに、了然尼が文禄年間に建てた泰雲寺という寺があった。—— 新宿と伝説(新宿区教育委員会・1969年(昭和44年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
新宿と伝説(新宿区教育委員会・1969年(昭和44年))
『新宿と伝説』は、新宿区教育委員会が昭和四十四年に編んだ区内の伝説集である。カッパが出る坂、四谷怪談のお岩、矢来町の化け石、女幽霊が掘った清水など、牛込・四谷・戸塚大久保・新宿・淀橋柏木落合の各地に伝わる六十二の伝説を、江戸の地誌や随筆などから採って収める。第一章で伝説の分布と型を概説し、第二章では地域別に、各話へ場所・時代・出典・解説・参考書を添える。