里見氏寄進の洞庭池と堤上の碑
どんな伝承か
一宮町にある洞庭池は、里見氏が寄進した田に水を注ぐ池と伝えられる。『総国誌』によれば一宮本郷の南方にあって池を二つに分け、堤の上を一宮、下を一宮本郷と呼び、下池から水路を引いて二百余町の水田を潤したという。領主の加納遠江守は桜を数十株植えて遊覧の地とし、多賀城の古碑に倣った九十六字の碑を堤の上に建てた。領主の死後、桜の多くは枯れて碑だけが残る。この池が里見家からの寄進とされていることも興味深い。
原典より
其の洞庭池は、里見氏から、寄進として、其の田に其の水を寄附したといはれるものには、すべて此の洞庭池から注がれるやうになつてゐる。—— 日本伝説叢書 上総の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・1917年(大正6年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説叢書 上総の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・1917年(大正6年))
『日本伝説叢書 上総の巻』は、藤沢衛彦が大正六年に編んだ上総国の伝説集である。夷隅・長生・山武・市原・君津の五郡にわたり、地名の由来、社寺の縁起、城と武将の事跡、大蛇や狐つきの怪異、俚謡や民間の風俗を、口碑や『総国誌』などの地誌から集める。巻頭に著者の序と緒言を置き、上総国と郡の名義を説いたのち、郡ごとに町村の所在を添えた見出しで一話ずつ並べる。