船頭給村
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どんな伝承か
上総介広常が頼朝に属する檄文を運んだ功で頼朝から公地を給わった関之助にちなみ、船に乗って来たことから船頭給、道案内した里人にちなみ案内村の村名が起こったと伝える。
原典より
明治維新まで一松の里正であつた関氏(関家でもさで居る)は、鎌倉時代には、船頭であったが、寿永年間、上総介広常が頼朝に属するの由、夷南・北・南・北・武射・山辺等の兵を催すところの檄文を廻すに骨を折ったといふので、頼朝の世に…—— 日本伝説叢書 上総の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・明治~昭和初期(推定)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説叢書 上総の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・明治~昭和初期(推定))
藤沢衛彦編『日本伝説叢書 上総の巻』を全218話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。
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長生村の伝承
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