東金御殿
どんな伝承か
東金の御殿山は、もと徳川家康が巡狩をした折に御茶屋を置いた所で、家康の墓のある最明寺の傍に当たり、御殿山と呼ばれる場所には今も御殿の門が残るという。徳川時代の大津絵には、東金の自慢として御殿山の上の桜やつつじが唄われ、鳥が御殿山で「かわい、かわい」と鳴くとも歌われている。俗に御殿というのは家康の古跡であった館を指し、御茶屋はその一つであったのだろう。御殿はその後、板倉氏の陣屋となっていた。
原典より
東金の御殿山は、元、徳川家康公が巡狩をした折に、御茶屋を置いたところで、徳川家康の墓のある最明寺の傍に当つてをり、御殿山といふところには、今に御殿の門を残してゐるといふ。—— 日本伝説叢書 上総の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・明治~昭和初期(推定)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説叢書 上総の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・明治~昭和初期(推定))
藤沢衛彦編『日本伝説叢書 上総の巻』を全218話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。