印旛沼鑿開趾
どんな伝承か
船穂村大字惣深新田のあたりには、印旛沼開鑿工事の跡が歴然と残る。天保年間の大工事で、水野越前守忠邦の失政の端を開いたものである。これに先立ち、松平定信の意を奉じて開鑿に当たった伊奈半左衛門忠尊の工事は、天明・寛政の頃、印旛沼を検見川へ疏通させる計画であった。「成田名所図会」は、沼の周りに佐久知穴という怪穴があり、吉高の下に二か所、安食の下に七か所あって、竿を入れても底が知れず、風雨の折には沈み、浮き、濁り、澄む奇観であると記す。「佐倉風土記」は、北須賀以北の江上で、夏の陰湿な夜に水中から火が出、漁火でも鬼火でもなく、たちまち五、六十から百数十に分かれて往来し、数時のうちに消えると伝えている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説叢書 下総の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・大正~昭和初期(推定))
藤沢衛彦編『日本伝説叢書 下総の巻』を全179話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。